私の前に正座して土下座している彼の頭に唾が思いっきりかかるほど叫んでやりたかったけど、
声を出したら目に溜まった涙が零れそうで唇をギュッと閉じて我慢した。
*
部活をやっているわけでもない私だが、
今日は運悪いことに臭い体臭とこれまた臭い頭髪料を混ぜた匂いをプンプンさせた禿(先生)
に捉り大量のパンフレット作りという激務を強いられて、気づけば外は暗くなっていた。
何で私がなんていう文句も一言も言わなかった。
言うはずない。
口を開けば、咽返るほどの程の悪臭が入ってくるのだから、
それなら黙々と作業を終わらせてさっさと帰るに限る。
一心不乱に作業してこの時間って
「どんだけ!?」
ハゲからようやく開放された私は新鮮な空気をスゥハァと深呼吸して山に向かって叫ぶ様に叫んだ。
はっとして急いで周りを見回せば、幸い人はいないようでホッと胸を撫で下ろすが、
何となく恥ずかしくて誤魔化す様に帰宅を急いだ。
「ただいま〜」
疲れた声にいつも返ってくる返事はない。
変わりに目に飛び込んできたのは一枚のメモ。
友達と飲んでくるから夕飯はレンジで温めて食べてね♪
メモの横を見れば、ラップに包まれたお皿。
今日はハンバーグか。
ハンバーグと言えば不器用な私が始めて作った料理だ。
寿に料理なんてできるのかよって言われて、
作れるに決まってるでしょと意地を張ったのはいいけど、
結局真っ黒に焦げてしまって、
落ち込んでた私の頭をポンとすると不味いって言いながらも寿が全部食べてくれたんだっけ。
「懐かしい」
言葉がポロリと零れた。
2年前のことなのに何十年も前のことのように酷く懐かしいのは、全然会ってないからなのだろう。
懐かしさと微量の感傷に浸りながらも自分の部屋に入ると、いきなり聞こえたチャイム。
こんな時間に誰だろう?と少し眉を顰めて、
面倒だしまぁいっかと無視を決め込んだ矢先であった。
ピンポンピンポンピンポンピピピピピピンポン
え!?
何これ!!?
近所迷惑なんてものじゃない、
これは明らかに嫌がらせだろうと思えるほどの音が鳴り響いた。
怒りや恐怖というより混乱して頭が真っ白になって固まっていただったが、
チャイムを鳴らしても出てこないことにイライラしたのかドアが開く音にビックと肩を揺らす。
ド、ドアが開いたんですけど!?
鍵は?もしかして噂のピッキングですかー!
ヤバイよお母さん、ついに家にもピッキング魔がきちゃったよ!!
一杯一杯で何が何だか分からなくなってしまったの口からは言葉も出るはずもなく、ただ口をパクパクさせていた。
そんな私をよそに家に侵入してきた奴は、
ドタドタと迷うことなく階段を上がり2階の私の部屋に向かってき、は思わずゴクリと唾を飲み込むと、
まるで機械の様にギギギとドアの方に首を向けた。
バンッと勢いよくドアが開いて入ってきたのは意外な人で、
思わず口をポカンと開けて目を丸くしてしまった。
「悪かった!!」
入ってきた途端、床に頭を擦り付けて土下座して必死に謝ってきた寿に首を傾げた。
悪かったって勝手に家に入ってきちゃってってこと?
謝るならぐらいならやらなければいいのに。
と言っても、合鍵(の母に未来の息子よと渡された)持っているから2年前とかは普通にしていたんだよね。
あ、以前学校でツーツトントンってモールス信号したのにあらかさまに目を逸らしたことに対して?
話しかけるなオーラ出てたからモールス信号で話しかけてあげたのに、無視するなんて!
でも、これって大分前のことだし。
う〜ん、じゃあもしかして、寿がつるんでる奴らに姐さんって呼ばれたやつかな?
2回目会った時にはさんって言われたからきっと人、間違えだ。
だったらいったい、何に対してだろう。
ない脳みそをフル回転させて最終的に辿り着いたのは、私がずっと心を痛めていたこと。
でもそれは、今更だよ。
一向に顔を上げない寿に、
たぶん今私が考えていることで合っているんだなぁと思うと、自然と涙が溢れそうになった。
*
噛みすぎた唇から血が滲み、鉄の味がする。
如何して私に一言も相談してくれなかったのか。
確かに、私じゃ頼りないし、話しを聞いてあげることしか出来なかったかもしれない。
それでも一緒にいてあげることは出来たのに。
私は信頼されていなかったのだろうか。
言いたいことはたくさんある。
寿が消えてから私はず〜と探してたのに、全然見つからなくって。
夜、寿の家の門にあった血のついた金属バット(ぱくった)
と寿が常に持ってろって言ってた痴漢撃退スプレーを持ってヤンキーが行きそうな場所も探(徘徊)したんだよ。
寿どころかヤンキーにすら一度も会えなかったのだけど・・・。
(方向音痴でいつも家の周りをグルグル回っていただけ)
そういえば家に会いに行くといつも病院に入院してるのには吃驚したな。
お見舞いだって、毎回毎回行くのに何故か既に退院してたりするし。
私達ってタイミング悪いよね。
泣きそうな自分を落ち着かせるように、
一旦ふぅと寿に聞こえないように息を吐く。
今だって私・・・
「色々言いたいことはあるけど、とりあえず、着替え中なんだけど!!」
泣かないように気丈に声を張り上げて言うと、
寿は顔を真っ赤にしてゆっくり見上げてきた。
だから、着替え中なんだって!
マジマジと見上げてないで!!
取り合えず下ろしていた制服のスカートのチャックを素早く上げて、
外れかけていた上着のボタンもかけ直す。
寿ってムッツリだったけ?
服を直している間も茹蛸のように真っ赤にさせながら、
目をクワッと開けてずっと凝視していた。
見られて喜ぶという趣味はないんだけどなと思いながら、
取り合えず開けっ放しにされていたドアを指差して顎で出て行けと合図したが、
何の反応もなくって手の平を目の前でヒラヒラと振ってみけどこれも反応なし。
あ〜、寿どっか違う世界に逝ってるよ。
仕方ない。
座り込んでいる寿の首根っこを掴むと、
重いと零しながらズルズルと引きずり出し、
最後にこれまでの怒りを込めて思いっきり蹴りを入れ部屋から完全に出した。
蹴られた衝撃とドアと鍵が閉まる音に、
はっと現実の世界に戻ってきた寿は自分が部屋の外に追い出されたことに気づいて慌てた。
「オイ!」
声をかけても何の返事どころか音もしなかった。
「悪かった」
流石にヤバイと思ったのか、
ドア越しにまた土下座して謝るがそれでも反応はない。
お願いします、話しを聞いて下さい
please hear it!
重苦しい沈黙が続き暫くして、懇願する三井寿の姿が見られた。